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/// ふれあい手型散歩道で懐かしい湯村温泉写真展~9/28 ///

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湯村温泉の中心を流れる春来川沿いのふれあい手型散歩道で「湯村温泉懐古写真展」が7月19日(土) ~ 9月28日(日)の間開かれています。

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今年10月から12月に行われる、源泉荒湯、足湯、遊歩道の改修工事に先立ち、町民が保存していた懐かしい湯村温泉の写真を展示しました。写真はアルミ板プリントしたもので、荒湯から薬師湯まで間に、50枚を展示、昔の風景がよみがえります。

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昔から台所「荒湯(あらゆ)」で調理したり、洗濯場で洗いものをしている姿は湯村ならではの風景で、各時代の生活の様子をうかがい知ることが出来ます。

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時代と共に荒湯も様変わりしています。
このころは、どの湯壺も柵がありません。

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絵葉書用に撮られた一枚でしょうか?
日常の温泉である湯村には似つかわしくないですね。

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たらい・洗濯石鹸を持ってきて、洗濯板がわりのコンクリートでゴシゴシと洗濯をしながら、井戸端会議ならぬ川端会議をしていた。荒湯の洗濯場は温泉が流れて川の水と混ざって冬でも暖かいし、温泉の重層成分で白くなり、ふぁあ~と柔らかくなる。子供のころの記憶がよみがえってきます。

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湯村温泉まつりの芸者さんの山車です。
子供のころはたくさんの芸者さんがいて、旅館の息子は早くからませた子供になるんですよね。

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木造3階が立ち並ぶ本町通り、湯村温泉まつりの「菖蒲綱引きの」写真でしょうか?

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昭和38年の“サンパチ”豪雪でしょうか?
2m雪で家が潰れる可能性があるので、町内総出で雪下ろしをします。
おろした雪は2階程もあり、小学校に行くのに家の入口から雪階段を登り、雪道を歩き、次の家で降りて、また登ると繰り返しました。ブルトーザーも消雪装置も無い時代ですからね。

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人間模様ドラマ『夢千代日記』の最初のロケ風景です。
この間無くなられた深町幸夫さんの姿も見えます。(真ん中の茶色上下で立っています)
吉永小百合さんは河原で座っています。
『新・夢千代日記』で警官のエキストラで出演、松田優作さんを追って川を走り回りました。
懐かしいですねぇ~。

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完成イメージでは、荒湯下の足湯はたくさん入れるように対面式に数が増えます。温泉熱のベンチも出来るようです。一番川上の足湯は大水の時は土砂が溜まりやすいため、閉鎖して整地されます。その分、川下に足湯を多く配置します。

昔懐かしい湯村温泉の風景をぜひお楽しみください。
工事は10月~12月の間に行われます。その間は足湯はご利用頂けません。
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/// 7/19~春来川の遊歩道で『湯村温泉懐古写真展』が始まります ///

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昔懐かしい湯村温泉が見つかります。

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明日、19日~湯村温泉の真ん中を流れる春来川沿いの歩道で、『湯村温泉懐古写真展』が始まります。今年10月から12月歩道整備が予定されており、先だって昔の湯村温泉の写真を展示する事になりました。住民が保存していた懐かしい写真を鑑賞しながら、温泉街を散策出来ます。

写真はアルミ板に写真をプリントしたもので、荒湯から薬師湯まで間に、50枚を展示、昔の風景がよみがえります。

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大正7年4月3日浴場新館の落成式】
町をあげての祝賀となった。招待客は197人、宣伝対策のためか新聞社の招待が8社10人。浜坂駅湯村間の乗合自動車は10月に開通。浴場の夜間利用のため7月には浜坂電燈株式会社より給電開始、浴場内・該当13ヶ所・町家なども点灯し湯村温泉の夜景を一変させた。

また大正3年には公衆電話、12年には電話交換業務が開始され、大正15年に旅館の内湯を許可、昭和に入って温泉経営は転換期を迎える。

大正12年度、薬師湯の入浴数は湯区内 225,504名、湯区外61,839名 合計287,343名。浴場収入は5,075円25銭で、利用者の80%が湯区民であった。また、兵庫県衛生課が第一回温泉場浴客調べを行い、当時兵庫県下14の温泉中、湯村温泉が第一位であった。

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昭和30年代『三種の神器』と言われて高価だが憧れだった、「白黒テレビ」、「電気洗濯機」、「電気冷蔵庫」を思い出す。その三種の神器だが、湯村温泉にはこんな面白い話がある。

子供の頃の湯村温泉では、なぜか「電気洗濯機」の普及だけが遅れていた。それは荒湯の下に洗濯場があったからだ。洗濯場は足湯前の水路のコンクリートのとこで、早朝や夕方、割烹着を着た主婦が数珠繋ぎに並んで洗濯をしていた。

たらい・洗濯石鹸を持ってきて、洗濯板がわりのコンクリートでゴシゴシと洗濯をしながら、井戸端会議ならぬ川端会議をしていた。荒湯の洗濯場は温泉が流れて川の水と混ざって冬でも暖かいし、温泉の重層成分で白くなり、ふぁあ~と柔らかくなる。しかも電気代もいらないし、「電気洗濯機」を買うこともいらないのだ。

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荒湯の洗濯場ではルールが存在した。綺麗なものから川上で洗い、汚いものは川下で洗うということだ。(ある程度、年の順番に並ぶルールも存在した?いわいる荒湯洗濯デビュー)つまりハンカチ・ワイシャツなどの白物は上で、赤ちゃんの布オシメは川下で洗っていたのだ。

9/28日まで展示いたします。

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